「いとこいさん」の愛称で親しまれ、しゃべくり漫才で人気を集めた
近代的で上品な話芸で漫才の最高峰と評価される夢路いとし・喜味こいし。
喜味こいしの次女として生まれる。
子供の頃から芸事が好きで親の舞台を目標に、浄瑠璃・日舞の名取りとなり
人一倍のパワーで女道楽の道を歩んでいる…!
現在、テレビ、ラジオ、舞台で活躍すると共に
「漫才ができるのも平和のおかげ」という父の意志を継いで父の戦争体験、
被爆体験の語り部として活動中。


主な経歴
漫才師「喜味こいし」の次女として生まれる。
三歳より日本舞踊を始め、藤間流師範、藤間史貴の名で神戸を拠点に活動。
浄瑠璃・新内を岡本派「岡本弥八」に師事し、平成七年阪神淡路大震災より、女道楽「喜味家たまご」として
大阪に拠点を移す。

近年の活動
浄瑠璃の中でも演奏される機会の少ない新内を語り続けていかなければとの思いから、師「弥八」と共に
啓蒙活動を行う。師の独演会に第1回より参加。本年で28回目を迎える。演目内容は新内代表作「蘭蝶」
「あけがらす」「おさん茂兵衛」、段物「関取千両幟」笑曲「道中膝栗毛」等々
古典作品だけにとらわれず創作にも取り組み、平成18年7月「弥八の新内聴いて!25」に於いて
新内落語「ぼたんどんろん」を初演。
現在は、浄瑠璃「新内」を修行するかたわら、お笑い系浄瑠璃語りとしてライブ演奏、
また父喜味こいしと共に親娘のトークショー「こいし・たまごのほのぼのトーク」を行うなど活躍中。

主な講演テーマ
喜味こいしは、戦前、徴用で山口県光市、広島市に赴き、8月6日、爆心地から1.2キロの距離にある兵舎にて被爆。広島市で終戦を迎える。晩年、「平和の大切さを後世に語り継いでいきたい」という想いから被爆者として戦争の悲惨さを訴える活動を始める。「被爆体験を語ることはつらいこと。写真やテレビではない、生きた生身の被爆者を見てきた。その人たちのことを語るのは申し訳ないが、高齢になり、いま語り継いでいかなければ…」と、広島での被爆体験について語った。そして今、亡き父の意思を継いで二度と同じ過ちを起こさないことを願って、被爆2世のたまごが父の戦争体験、被爆体験を語る。
神戸市東灘区の自宅で震度7の激震を体験する。住宅の2階部分が崩れ姉が下敷きになる。母と二人で懸命に助けようとするが女性二人で助けるには厳しい状況であったが、ご近所の方々が姉を無事救助し一命を取り留めた。震災を体験して気付いた命の重み、コミュニティの大切さ、避難所生活を通じて感じたことなどを語る。
父の喜味こいしは広島で被爆。そして、50歳のときには膀胱癌を患い、人工膀胱をつけ、なお闘病生活を続けながら現役の芸人として活躍。生前、こいしは「私は83歳まで元気にやって来られた。これは、大きな声で喋り、大きな声で笑ってきたから。」
「人生、笑って暮らしたい。」と語っていた。それを影で支える家族の介護体験をユーモアを交えて語る。
女道楽とは、女性の芸人が唄や踊り、そして間に軽妙なトークをはさんで披露する演芸。
上方(関西)の女道楽は大正期が全盛期で、昭和40年頃、吾妻ひな子さんが「女放談」として、三味線を片手に世相を風刺した話芸で人気者となるが、後に続くものがなく衰退する 。
“女道楽”との出会い、後世に語り継ぎたい想い、魅力…そして、最後に“女道楽”をお楽しみください。